はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 191 [迷子のヒナ]

ジャスティンとの初体験がヒナを悩ませていた。

あれがいわゆる愛の行為で、二人は繋がったわけだが、それでもやはりすべてを隠さなければならないのは頭で考える以上に承服しがたい事だった。

ヒナは大きな声で言いたかった。

ジュスが好き!と。

「あーあ……」

「あーあ、とはなんだ。君がついてくると言ったんだぞ」

ヒナが顔を上げると、立ち止まってこちらを見下ろすグレゴリーと目が合った。ヒナはドキドキした。ジャスティンと同じ眼差し、同じ匂い、そして同じ声。ジャスティンとは違うと分かっていても吸い寄せられてしまう。

「あっ!バックいた!」

ヒナは廊下の向こうにバックスを見つけ叫んだ。視線をそらす口実が出来てホッとしたのは誰にも秘密だ。

バックスは手に大きなガラスの器を手に客間から出てきたところだった。老齢ゆえかヒナの声には気付かなかったようで、せかせかと足早に使用人用の階段へと消えた。

「行っちゃった」

「ずいぶん忙しそうだな」グレゴリーは無人の廊下を見つめ言った。

「手紙はどうするの?大事な手紙なんでしょ……ヒナの事、書いたの?」ヒナはおずおずと尋ねた。

「手紙を盗み見るとは、ずいぶんと行儀が悪いな」グレゴリーの咎める視線がヒナに突き刺さる。

手紙を盗み見る気なんてなかった。グレゴリーの隣に座った時に、たまたま目に入っただけの事。そこにはヒナの名前が書いてあった。コヒナタカナデ、と。

ヒナはグレゴリーの手の中の手紙に目をやり、その手紙がもたらす未来を想像した。それは手紙の行先にもよる。ヒナに多くの事はわからないが、手紙がどこへ届いたとしても、ジャスティンとの仲を邪魔されかねない。

グレゴリーの視線がなによりそれを物語っている。ついドキドキしちゃうけど。

「秘密なのに……やっぱりスパイじゃん!!」ヒナは両手こぶしを握って、グレゴリーを怒鳴りつけると、すばやく手紙をひったくって一目散に廊下を走り抜けた。

パーティーもプレゼントもなにもいらない。

階段を駆け上がり、踊り場から手すり越しに下を見下ろす。グレゴリーは恐ろしく怒っていて、猛然と追いかけて来ていた。

立ち止まったのは一瞬だったが、これでは追いつかれてしまう。ヒナは階段を一段飛ばしで飛び跳ねながらのぼっていき、客室までの長い廊下を突っ走った。

よかった。部屋のドアが開いている。

そこで気を緩めたのがいけなかったのか、それとも足の長さの違いか、グレゴリーに捕まってしまった。後ろから伸びてきた腕がお腹の辺りにまわされ、そのまま宙に浮かされた。ヒナはもがき、足をばたつかせたが、グレゴリーとの力の差は歴然としていて、釣り上げられた魚のように跳ねる事しか出来なかった。

「おろしてっ!」

「手紙を返しなさい」多少呼吸は乱れているが、グレゴリーの口調は落ち着いていて、相手に言う事を聞かせてしまうような響きがあった。ヒナは一瞬揺らいだものの、更に抵抗した。

「ニコに言うからっ!」

つづく


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迷子のヒナ 192 [迷子のヒナ]

グレゴリーは咄嗟にヒナの口を手で覆った。

この子供はなんてことを口走るんだ!これはまさしく脅しだ。息子達でもそんな言葉は口にしない。そもそも、そういう子に育たないようにきちんとした教育を施しているのだから、親を脅すような真似をするはずがない。
ヒナももう学校へ行ってもいい年頃だ。いや、遅すぎるほどだ。しかし、いまのままではどうやっても名門校への入学は難しい。なぜならば、ヒナはこの世に存在しない子だからだ。そのへんの学校では野蛮さに拍車がかかるだけだ。

名門校への入学は我が息子でもかなわなかった。十年ほど前にジャスティンが起こした問題のせいで、バーンズ家の人間は今後いかなる場合でも受け入れを拒絶されたのだ。

公爵家の人間を拒絶する勇気のある学校長には、ある意味では尊敬の念すら覚える。結局ベネディクトはバーンズ家の基準からは少しだけランクのさがる学校への入学しかかなわなかったのだ。

さて、この子をどうしたものか?

グレゴリーはヒナの手に握られた手紙を見て、溜息を吐いた。無残にもぐしゃりと握り潰されていて、これではもう使い物にならない。

「この手紙の何が問題だ?君が学校へ行くためにも必要なものなのだぞ」

「……ッふが」

ヒナが何か反論したようだが、グレゴリーの手によってみごとに封じられた。

「とにかく、この事はジャスティンに報告する」

「ふぎゃッ!」

おそらくダメと言ったのだろう。

「君がいい子でいないから仕方がない」

「ふぇん……」

「さあ、手を離すから大きな声は出さないように。行儀が悪いからな。それと、少し話をする必要があるな」

ジャスティンに告げ口しない代わりに、ニコラに告げ口しないようにという――いわゆる取引だ。

ヒナは力なく頷き、無駄な声は出さなかった。

「あれー?ヒナ……?えっ!え、え、侯爵様?な、なにをなさって」

間の悪い事に、グレゴリーがヒナの口元から手を外そうとした瞬間を、ジャスティンが連れて来た使用人のひとりに見られてしまった。使用人は驚きのあまり、手に持っていた真新しいシーツを取り落した。

くそっ!なんてことだ。これではわたしが野蛮な人種だと思われてしまう。

そして解放されたヒナの口元から漏れたのは、勘違いされかねない言葉だった。

「ダン……たすけて――」

つづく


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迷子のヒナ 193 [迷子のヒナ]

ダンはヒナを救うため、自らの進退も顧みず侯爵に突進してヒナを奪い返す、などという無謀なまねはせず、驚きのあまり手から落としてしまった、アイロンがけを済ませたばかりのシーツを拾い上げる事から始めた。

状況は……見ての通りだが、おそらく悪いのはヒナだ。どうせなにか侯爵様を怒らせるような事をしたに違いない。

ああ、なんでこんな場面に遭遇してしまったんだろう。ダンは愚痴めいたことを思いつつ、自分の足で立っているヒナの傍へと歩み寄った。

ヒナは髪を振り乱し――これでも控えめな表現だ――、ぜえぜえと肩で息をしながら、ダンが傍に来るや否やその胸に飛び込んできた。

ダンは慌てて両腕を上げた。洗濯を済ませたばかりのシーツを汚されてはたまったものではない。

ああ、こんな現場旦那様に見られたら、僕はクビだ。とうとう自分のものだという主張を行動で示した旦那様はことのほか敏感になっておられる。今後着替えの時でさえ、ヒナの裸を見ることを禁止されたのだ。ヒナ相手にそれは無理な話だ。この子はいつだって裸だ!

「この屋敷の使用人はいったい何をしているのだ?」侯爵は厳しい口調で言った。ダンが仕事を押し付けられていると勘違いしたようだ。

「いえ、これは……」と言って、何かいい言い訳がないかとダンは必死に頭を巡らせた。唯一思いついたのが「ヒナが粗相をして……」だった。

ヒナ、ごめん。と心の中で平謝りをしつつ、ダンは侯爵の出方を伺った。

侯爵は紳士ゆえか、気を利かせて、うむと頷いただけだった。

「それでは僕は失礼して――あの、ヒナも連れて行ってもいいでしょうか?髪が乱れてしまっているので」

侯爵はまた、うむと頷き、踵を返して遠ざかって行った。

ダンはグレゴリーが見えなくなるまで、決して目を逸らさずその場から動きもしなかった。すっかりいなくなったのを見届けて、はぁと大きく息をついた。

「ヒナ、侯爵様は行ってしまったよ。いったいどうして侯爵様を怒らせるような真似をしたんだ?」

ヒナは振り向くのが怖いのか、視線はダンに釘付けで、返事をする代わりに手紙の束を差し出してきた。

それだけで何が起きたのか想像がついた。

手紙の内容はダンに想像できるたぐいのものではなかったが、ヒナが守ろうとしたものが何かは想像がついた。

「ヒナ、髪を直すから部屋へ戻ろう」

ダンには手紙もグレゴリーの怒りも関係なかった。

なぜならば、ダンはヒナの近侍だからだ。仕えるべき相手の身なりを整えておくことに、全力を注ぐのが最大の務めだ。

つづく


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迷子のヒナ 194 [迷子のヒナ]

せっかくダンに髪を結ってもらったヒナだが、早朝から昼にかけての嵐のような出来事にすっかりまいってしまい、ちょっとだけと横になったベッドでうっかり熟睡してしまった。

寝るつもりなどなかったので、裸にはないっていない。けれども靴下だけは忘れず脱いでいるあたり、やはり寝るつもりだったと思わざるを得ない。

後始末を済ませたダンは自分の部屋に戻り、のんびりくつろいでいた。ヒナが一旦眠ったら、当分起きない事を知っていたから。

その頃階下では、グレゴリーがニコラの説得にかかっていた。なにもヒナの誕生日パーティーに異を唱えているわけではない。誰のものであれ、パーティーを開くなど言語道断だという事だ。けれどもグレゴリーの意見に素直に耳を貸すニコラではない。とくに妊娠中とあっては。

それでもグレゴリーは引き下がらなかった。邸内に大勢の人間がなだれ込んでくるなど危険極まりない。愚の骨頂だ。とにかくその波に妻が呑み込まれるのだけは、是が非でも避けたかった。

しばらく落としどころの探り合いが続き、午後、ガーデンパーティーを開くことが決定した。朝の冷え込みのおかげか、日中は驚くほど暖かくなっている。ご近所さんを招いて、ちょっと早めのアフタヌーンティーを開くにはちょうどいい、といったところだろう。

そして身じろぎもせず寝入っているヒナの傍に、そこにいるべき者が戻って来た。甘い香りをまとったジャスティンだ。ニコラの遣いで、町のティーショップでヒナの好きなデザートをたっぷりと買い込み、戻ってきたところだった。

ヒナが鼻をピクつかせ、もにょもにょと口を動かした。

ジャスティンは、ふふと微笑んだ。

ヒナが早く目覚めて、こちらを見てはくれないかと、ほっぺたを指先でつつく。また、もにょもにょと口を動かしたので、指先を口角の辺りまで移動させると、ぱくっと食いつかれてしまった。柔らかな唇で食まれ、ちゅっちゅと吸われ、ジャスティンは得も言われぬ感覚に包まれた。

もしも吸われているのが指ではなく、アレだったらと、想像しないわけにはいかなかった。一日で二度も寝込みを襲うような真似は避けたかったが、このチャンスを、みすみす逃すのも馬鹿げていると思えた。

ジャスティンが今しかないと決断した時、誕生日パーティーが早まったとの知らせを届けに、双方の近侍が警告も兼ねてか、部屋に飛び込んできた。

ジャスティンは不満の呻き声を発し、気の利かない二人を射殺さんばかりに睨みつけた。

むろん、ウェインとダンは当然の仕事をしたまでだった。

つづく


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迷子のヒナ 195 [迷子のヒナ]

ツバキオイルを手の平に一滴、二滴と垂らす。
手を擦りあわせ、指を組み、解き、柔らかく豊かなくせ毛に両手を潜り込ませる。頭皮を揉みながら、徐々にオイルを髪全体に広げていく。

ヒナがうっとりと吐息を洩らした。

首の付け根を親指の腹でぐっと押してやると、ヒナはわずかに背を反らせ、とうとう「気持ちいい」とはっきりと口にした。

ジャスティンは満足げな笑みを浮かべ、ベッドの上で足の間に座るヒナの髪をまとめ上げた。

「本当にこっちの青いのでいいのか?」
町に出たついでに購入してきた、ロイヤルブルーのリボンをヒナの目の前に掲げてみせた。

ヒナが緑色が好きなのは知っている。けれども、ジャスティンは青色の方が好きだった。その好きな色をヒナに身に着けて欲しいと思った。ヒナの誕生日で、二人の記念日というこの日に。

ヒナはつつましく「うん」と言い、手に持った手鏡でジャスティンを覗き見た。

目が合った。

これ以上ないほどのニコニコ顔が、さらに崩れる。愛し合っている実感が湧く。ヒナの一方通行の想い――もともと両想いなのだが――は終わり、これからは好きなだけ甘えられる。甘えてない時があったかといえば、なかったのだが、それはさておき、ジャスティンがリボンを両手で引き絞り、とりあえずの甘い時間は終了だ。

これから階下におりて、すでに集まってきているご近所さんと対面しなければならない。一声かけただけで、急な集まりに即座に応じる人々が確認しただけで二十人は集まっている。大人についてきた子供も含めると、もっとその数は多い。

ニコラはヒナを何と言って紹介するのだろうか?友人の子供?遠い親戚?家族……?

そもそも紹介などする必要があるのだろうか?

ジャスティンはヒナが傷つきはしないかと、とにかく心配だった。ヒナがすぐに誰とでも打ち解ける性格とはいえ、警戒心が全くないわけではないからだ。

いきなり見知らぬ大勢の人に囲まれたら、驚いて泣き出してしまうかもしれない。子供たちの中には小さくてかわいらしいヒナを苛める者もいるやもしれぬ。

くそっ。そんなことになったら――

「ジュス、行こー!」

気付けばヒナが戸口で呼んでいた。ジャスティンの杞憂などお構いなしだ。

「ヒナ、靴の紐が結べてないぞ」
ヒナがこけてはいけないと、ジャスティンは慌ててベッドから飛び降り、足元に傅く。ヒナは直立不動で、ジャスティンが靴紐を結ぶのを待った。

それから二人は手を繋いで、若干の早足で、パーティー会場へ向かった。

つづく


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迷子のヒナ 196 [迷子のヒナ]

「上出来だわ」ニコラは客間から庭園を臨み、満足げな面持ちで両手をパンっと合わせた。「グレッグが邪魔した割には」とチクリと一言付け足すのも忘れなかった。

「まったくです」とジャスティンは同意した。庭を駆けまわる子供たち。その傍でテーブルに着いて談笑する親たち。口元にはジャスティンが準備したケーキが次々と運ばれていく。

それを見たヒナはニコラに挨拶するや、ジャスティンの手をあっけなく振り払い、庭へ駆け出して行った。子供たちにじゃれつかれながら、それでもデザートの前まで難なく辿り着き、傍にいた給仕にあれこれ注文をしている。

「あなたがあんなに買い込んで来るとは思わなかったわ。まるでこうなることを予想していたみたいね」

ジャスティンは苦笑いで応じた。

ティーパーティーの予測などまったくついていなかった。ただ、ヒナの喜ぶ顔を想像しているうちに、店のほとんどの焼き菓子やデコレートされたケーキを買い尽くしていた。

「あら?あの子たちもいつの間にか輪の中にいるわ」ニコラが嬉しそうに言った。

ジャスティンはニコラの視線の先を見た。ベネディクトは輪の中とは言い難い、人込みから少し離れた場所に腰を落ち着け、レモネードを飲んでいた。ライナスが立って、ヒナを手招きしている。ヒナはデザートの皿を両手でしっかりと持って、にこにこ顔で二人の元へ向かっていた。

途中、見知らぬご婦人に呼び止められた。ヒナはにっこり笑って、何か言った。おそらく名前でも名乗ったのだろう。ご婦人をやり過ごすと、今度は紳士に呼び止められた。ジャスティンは驚いた。村の人間しか来ていないと思っていたが、どうやら違ったようだ。

ジャスティンの驚きに気付いたのか、ニコラが言った。

「あの方はお隣さんよ。隣と言っても随分と離れているけど」

「誰なんですか?」その声に警戒の色が滲む。年の頃は二十代前半といったところだろう。背が高く、仕立てのいい服を着ている。少し長めの金髪はふわりと風にそよぎ、女性好みの笑みを浮かべている。あれで瞳が緑色だったら――さすがにここからではそこまでは分からないが――ヒナが好意を寄せてしまいそうなタイプでもある。(これはジャスティンのとんだ勘違いだが)

嫉妬心がメラメラと湧く。本来持ち合わせている以上の所有欲に支配され、ジャスティンはニコラの返事を聞かず、ヒナの傍へ猛然と突き進んだ。

あんな危険な男の傍に、ヒナがいると思うだけでこの世のすべてをひっくり返したくなった。パーティーをぶち壊してでもヒナを守らなければ。

芝生をザクザクと踏み荒らし、招待客に愛想の欠片さえも見せず、ものの数秒でヒナの元へ辿り着いた。四つしかない席の残りのひとつに、ちょうどくだんの紳士が腰をおろしたところだった。

「あ、おじさん」とジャスティンに気付いたライナスが声をあげた。

ヒナがさっと顔を上げ、歓迎の意を示す笑顔をみせた。けれども、席はもうない。名前も名乗ろうとしない無礼な男が席を立てば済むことだが、そのまえに素早くヒナが動いた。

ヒナは少しお尻をずらして、硬い木製の椅子の座面を半分ほど空けると、「どうぞ」とそこをぽんぽんと叩いた。

ジャスティンは感激のあまり、あやうく大勢の前でヒナを抱き上げてキスをしてしまいそうになった。

そうせずに済んだのは、動きの遅い正体不明のお隣さんが立ち上がって名前を名乗ったからだった。

つづく


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迷子のヒナ 197 [迷子のヒナ]

招待客は入れ代わり立ち代わりヒナにおめでとうの言葉を贈り、それぞれが持ち寄ったお菓子をヒナの前に積み上げていった。

ヒナは終始笑顔だった。

唯一、陶器のうつわいっぱいの薄荷キャンディーを手渡された時だけ、鼻の付け根にきゅっと皺を寄せ、困ったような顔をした。

「そういえば僕はプレゼントを持って来なかったな」と、お隣さんことマーロー子爵はあくびでもするのかというほどのんびりとした口調で言った。

なんて気の利かない男だ。と、使用人がいらぬ気を利かせて持ってきた椅子に、不機嫌に座るジャスティンは内心毒づいた。

「あ、でも――」マーローは上着のポケットに両手を突っ込みがさごそと探り、何やら取り出した。右手の平には、ヘアピン、チョコレートの包み紙、ペン先がのっていた。「うーん、あまりいいものは入ってないな」そう言って、次は左手をポケットから出した。パッと広げると、そこには何かの種がのっていた。

なぜか興味を示したヒナは、「なにそれっ?」とテーブルに手をついて身をのり出し、マーローの手の平を凝視した。種は緑色だ。

「花の種かな?」とマーロー。なぜこんなものがポケットに?といった態だ。

「花の種?もらってもいいの?」

「いるのかい?」マーローは驚いた様子で尋ねた。もちろんジャスティンも驚いた。

「いるっ!」

「えぇっ!いいなぁ、ヒナ」と声をあげたのはライナス。マーローの隣で羨ましげに種を見つめている。

「種はひとつだから、ライナスは今度な」
どうぞと差し出したマーローの指先がヒナの手の平に触れた。種を置くためだったのだろうが、触れなくても置けたはずだ。

ヒナはその種をポケットから取り出したハンカチに丁寧に包むと、大切そうにポケットにしまった。

なぜか少し寂しい気持ちになった。嫉妬とはどこか違った感覚だ。

ヒナは本当に自分と同じ気持ちなのだろうかと、ジャスティンの心にわずかに影が落ちた。

つづく


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迷子のヒナ 198 [迷子のヒナ]

我関せずを決め込んでいたベネディクトだが、ヒナがかぼちゃの種に異様なほど興味を示したことに、驚かずにはいられなかった。

ライナスもライナスだ。なぜ羨ましがる?理解できない。

ベネディクトは花の種と信じ込んでいるヒナに真実を伝えようか迷ったあげく、黙っていようと決めた。いまさら言ったところで何の意味もない事だ。ヒナはあれが何の種だろうといっこうに気にしないに違いないからだ。

それにしても、二十二歳ですでに隠遁生活のマーローは不思議な男だ。わざとまぬけを装っている。やはり噂通り、彼はこの国の諜報部員なのだろうか?

「ねえジュス、これ、庭に植えてもいい?」ヒナが種を仕舞ったポケットを指差しながらジャスティンに尋ねた。

ジャスティンはかぼちゃの種を庭に植える事を渋っている様子だった。うーんとうなり、返事をしなくても済むように、そんなに好きでもないキュウリサンドを口に入れた。

ここの料理人の作るキュウリサンドにはスモークされた薄切りのハムも挟んであるので、余所で食べるものに比べると、絶品と言ってもいいほどの味だ。

ほら。案の定、ジャスティンはもうひとつキュウリサンドを手に取った。

「ミスター・バーンズの庭にはその種を植える場所がないかもしれないな。もしかすると、そいつは成長するとすごく大きくなるかもしれないし、背も高くなるかもしれない。そうなったら、タウンハウスの小さな庭より、ここみたいに無限に広がる肥沃な土壌に植えてやるのが一番だろう」マーローはジャスティンの自尊心を意図的に傷つけるような言葉を口にした。まさか、かぼちゃの種を軽んじた報復か?

「ひよくなどじょうはここだけなの?」ヒナが訊く。

「そんなことはないっ!うちの庭でも立派な花を咲かせるに決まっている」ジャスティンが心外だと言わんばかりに声高に反論した。

バーンズ家の男は負けず嫌いだ。肥沃な土壌はここだけでないにしろ、ロンドンのタウンハウスの庭とは比べるに値しない。だが、かぼちゃくらい育つに決まっている。たとえ誰もが花の種だと信じていたとしてもだ。まあ、かぼちゃとて花くらい咲かすが。

ベネディクトはあくびをかみ殺した。
そろそろうんざりしてきた。ヒナの誕生日パーティーなど実にくだらない催しだ。

それなのにお母様はとっておきのプレゼントを準備しているらしい。取り寄せに時間が掛かるのが難点だとこぼしていたが、ヒナがそのプレゼントの価値を十二分に分かっていて喜ぶとは、とても思えない。こいつは何の価値も分からない、本当の間抜けだ。

けれども、ヒナは昨日までのヒナとは違って見えた。
なんというか、まぬけには違いないのだが、少し大人になったとでも言おうか――まあ、十五歳にもなれば当然だが――まとう雰囲気が全然違う。

ベネディクトにその理由がわからないのも当然だ。まさかヒナとジャスティンが、皆が寝静まっている時分に愛を交わしていたなど、知りもしないのだから。

「じゃあ、大きいもじゃもじゃの木の横に植えてもいい?」

「もじゃもじゃの木……?ああ、あれな。あの横か。もちろんいいさ。ヒナの好きな場所に好きなだけ植えたらいい」

いまのジャスティンの言い方だと、もじゃもじゃの木の見当はまったくついていないようだ。

庭は庭師の管轄だ。ジャスティンが知らなくて当然だ。

「ありがとジュス」とジャスティンに言って、ヒナはマーローに笑いかけた。「花が咲いたら見に来てね、アルバート」

ジャスティンがとうとう席を立った。ヒナのわがままに愛想を尽かしたようだ。

つづく


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迷子のヒナ 199 [迷子のヒナ]

アルバートだと?

そんなにも長ったらしい名前を、ヒナが略しもせずに口にするとは信じがたい。

ジャスティンはジュス。

ジェームズはジャム。

ベネディクトはベンで、グレゴリーはレゴだ。

それなのに、アルバートはアルバート?冗談じゃないっ!こいつこそ、アルとかバートとか、アでも文句は言わせない。

いや、むしろ略されなかったマーローはヒナに認められなかったと言えるのかもしれない。うちの使用人であだ名で呼ばれるのは、エヴァンしかいないことを思えば、なおさら。

「ジュス、どこ行くの?」

さっきまで陽気だったヒナの声が不安げに蔭る。最初にジャスティンを置き去りにして、デザートの元へ行ってしまったという事実はすっかり忘れているようだ。まったく、わがままで自己中心的な子供だが、ジャスティンはそんなヒナが好きで堪らないのだから、どうしようもない。

「新しいデザートが出てきたようだから取りに行ってくる。いるだろう?」慌てて取り繕うジャスティン。なぜ自分が給仕のまねごとを?と思わなくもなかった。

「いるっ!」とヒナ。元気いっぱいだ。

ここで、ヒナも一緒に行くっ!と言えば、ジャスティンの機嫌も少しはなおったのかもしれないのだが、ヒナはなにか分からない種の育て方をマーローから聞きだすのに夢中だ。

ジャスティンは心ならずも席を離れた。

「おじさん待って」とライナスがついてくる。

ジャスティンは歩を緩め、ライナスが追いつくのを待った。それからふたり肩を並べで、デザートが並ぶテーブルまで歩く。

「ねえおじさん。僕、ヒナになにをあげたらいいと思う?誕生日だってついさっき知ったばかりだから、コレっていうのが思い浮かばなくてさ。お兄ちゃんはこの前の誕生日に、お父様と同じペンを貰ったんだよ。僕はもっと楽しいものが欲しいけど、お兄ちゃんは大喜びだったんだ。ヒナもペンが欲しいかな?」

ライナスは息継ぎのためか言葉を切って、真剣な顔つきでジャスティンを見上げた。

「ライナスのペンをあげるのか?そうしたら、ライナスが困るだろう?」

「僕はペンなんかなくていいんだ。そうしたら勉強しなくてもすむもん。でももうあたらしい先生決まっちゃった……」しょんぼり項垂れるライナス。自由すぎるヒナを見た後では、いままでの生活が窮屈に感じても不思議ではない。

勉強はしなきゃだめだぞ、とありきたりな言葉は口にしたくなかった。そう言われるのがなにより嫌いだったからこそ。

「おっ!ライナス。アイスクリームだぞ」

「えっ!どこどこおじさんっ!」ライナスはきょろきょろとテーブルを見回した。

ライナスの目線では登場したてのアイスクリームの姿は見えない。ジャスティンはライナスを抱き上げ、よく冷やされた銀のボウルの中を覗かせた。クリーム色をしたアイスクリームはポカポカ陽気で表面が溶けて艶めいていた。

「はちみつをたっぷりかけようか?」

「うんっ!」ライナスはごきげんでジャスティンの腕から飛び降りると、テーブルにかぶりつきで、アイスクリームが器によそわれるのを待っていた。

その間にジャスティンはうしろを振り返ってヒナの方に視線を向けた。

ヒナはまだマーローと種について話をしているようだった。
随分と楽しそうに。

つづく


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迷子のヒナ 200 [迷子のヒナ]

ヒナは案外我慢強い。

感情をすぐに表に出してしまう方だが、抑えておくことだって出来る。

それは三年もの間、自分の名前さえも明かさず、家族の事、過去のすべてを封印していたことからしても、かなり辛抱強いといえるだろう。

ライナスがジャスティンと一緒にデザートを取りに行くと言った時も、並んで歩く後姿を見ても、ジャスティンがライナスを抱き上げた時も、ヒナは我慢した。

なぜならば、マーローがヒナとジャスティンの二人を疑いの目で見ていたから。

ヒナはマーローの柔和そうな顔に隠された鋭さに気付き、初めて『秘密』への危機を感じた。ここへ来るにあたって、二人は距離を置かなければならないと、何度も何度も繰り返し忠告された。それをほとんど守っていないのは由々しき事態だが、それはまわりの目がなんら疑いを抱いていないが故だった。

マーローは違う。秘密はいまにもばれてしまいそうだし、そうなったらヒナが想像する最悪の事態――ジャスティンが永遠に手の届かない場所へ行ってしまう――に陥ってしまう。

「お父さんは日本人なんだって?」

マーローが突然言った。

ヒナはびっくりして呼吸が止まりそうになった。呑んだ息をゆっくりと吐き出し、警戒心をひた隠しにして「そうだよ」と平然と答えた。つもりだったが、自分でも気付かないうちに声が震えてしまっていた。

「どうして知っているのですか?」そう尋ねたのはベネディクト。ヒナが隠そうとした警戒心を、なぜかあらわにしている。

マーローは、おや?という顔をした。質問者がベネディクトだったのが意外だったようだ。

ヒナもちょっと、おや?と思った。まさかベンがヒナの味方に?

「レディ・ウェントワースに聞いたんだったかなぁ。ほら、さっき挨拶した時」マーローはのろのろと言い、近くを歩いていた給仕に手招きをした。

マーローと給仕がやりとりしている隙に、ヒナとベネディクトはさっと視線を交わし、暗黙のうちに協定を結んだ。

「お母様はそんなこと言わないと思うけど」ベネディクトは空いた皿を向こうへ押しやりながら言った。

ヒナもベネディクトに続く。「アルバートはお父さんのこと知っているの?会ったことある?」

「いいや、ないよ。お父さんはヒナと似ている?」全く動じないマーロー。

「えっと……どうかなぁ?お母さんは、ヒナの事お父さんにそっくりって言って、お父さんはお母さんにそっくりだって。それでおじいちゃんは、わしにそっくりじゃあってヒナのほっぺにキスをするんだ」

マーローを追い詰める手はずだったはずだが、ヒナはすっかり夢中になって喋り過ぎてしまっていた。

ベネディクトはぽかんと口を開け、呆れてしまっている。マーローはさらに興味を惹かれたようで、給仕が持ってきたコーヒーには目もくれず、ヒナに尋ねた。

「さっきのは日本語だったのかな?」

その言葉で、ヒナはベネディクトがぽかんとしていた理由がわかった。

うっかり日本語で喋ってしまっていたようだ。『わしにそっくりじゃあ』の辺りから。

つづく


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